そのころ私は､肥満体で体重がなんと９５キログラムは下らなかった。ゴルフをしても､膝が痛くなったり､肉離れを起こしたものだった。福井氏はその時｢それはウエイトオーバー。原因はただそのひとつだ｣といわれた。健康管理には､よく気を遣われる福井氏のこと､福井氏を信じて期限１０ヶ月で１０キログラムの減量の賭をすることになった｡それ以後､会う機会があれば親しく交際させていただいている。蛇足ながら賭に勝ったのは私であった。
私の持つ福井氏のイメージは､青年実業家で何もかも整い､ビシッと決まっている、というものであるが、このツアーで大阪空港で会った時、福井氏に対するイメージを塗りかえねばならないことになった。福井氏の靴の色が茶色なのである。私は福井氏なら｢黒｣でくると思っていたのに残念であった。その思い出したことを福井氏に話すと、半ば強制的にイメージを作りあげた私に抵抗され｢川村さんには負ける｣と苦笑されていた｡橋本氏､一瀬氏は静かに笑みをうかべ､橋本氏は黒､一瀬氏は茶の靴を試着されていた。
　　福井氏の会社は､昭和５２年にメーカーの営業部門を独立させてつくられたエンドユーザー向け専門商社である。メーカーのほうは新製品の開発を積極的に取り組まれており､福井氏のお父様は日本バルブ工業会の会長をされている｡アメリカをはじめアフリカ､東南アジア､台湾､韓国にも販路を拡げられている。
　　橋本､一瀬両氏の靴が決まった｡ご両人とも私と同じデザインのものを選ばれた。私はこの際､前々からほしかったブーツを買っておこうと思い､ブーツを選んでいた｡今度はひとつ値切ってやろうと内心考えていた｡しかし､87ドル95セントのブーツは１セントもまからなかった｡でもセールスタックスだけは勉強してくれた。

　　いったんホテルに帰り､身の回り品を整理したりしていた。６時１５分にロビー集合ということであったが､例によって時間前に私の部屋へ集まってティータイムである。私は海外旅行用の電気ポットを持ってきていた｡イスに座られると、私が｢コヒー､オア、ティー｣と聞く。すると｢ティー、プリーズ｣と答える｡そんな調子でいつもはじまるのである。カフェテラス･カワムラの常連客３人の方々はタバコを喫われないせいか、コーヒーの注文が少なかった｡ほとんど紅茶か、お茶であった｡アトランタを出発するときのことである｡私の予想が的中した｡案の定、お茶が２つに紅茶が１つ。｢オミゴト｣のひと言。
　　サリバン･ストリートにある劇場には開演１５分前に着いた｡このあたりは、オフ･ブロードウェイ(Off Broadway)と呼ばれ、グリニッジビレッジの東側､バワリー寄りの下町で､一歩踏み外せばドヤ街をさまようところである。劇場は小さく､１５０人も入れば満員になるほどだったが､舞台は目の前にあり､キャストの息づかいがハッキリと感じられた。
　　いよいよ開演である｡息づまる独特の静寂がおとずれる･･･。