2.魅力あるヒューストン
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TRW MISSIONを訪ねて

  "ビーッ"という音で目が覚めた。私自身が旅行に持ってきた目覚し時計のリンガーは、もっと快よい響きであったはずである。時刻はちょうど5時を指していた。いったんはもう一度寝かけたが、起きることにした。電気ポットでお湯を沸かし、コーヒーを飲みながら荷物のパッキングと日記を書きとめた。
  きょうはヒューストンへ向かいTRW MISSIONのオフィスと工場、KTM(USA)のオフィスを訪ね、夕食をともにする予定である。8時38分発のDL1137便は、予定より30分ほど遅れて出発した。スチュワーデスが遅れて申し訳ない旨、放送をしていた。わずか40人くらいの乗客のうち、前の方に35、6人、ズーッとうしろに3、4人座っていた。前は禁煙席であり、うしろは喫煙席であった。ここアメリカではタバコを喫わないのが普通なのか。日本では考えられないことである。
  機内食の朝食は、とても美味であった。というより、日本人の口に合っていたというべきか。卵のスクランブルにポテトチップ、それにレタスであった。現在の日本での朝食をそのまま持ってきたようだ。腕時計を1時間遅らせ、ヒューストン時間に合わせた。雨こそ降っていないが、雲がどんよりと垂れこめ、全くのくもり空であった。
  空港には、TRW MISSIONの代理店の方が迎えに来てくれていた。福井氏が前のシートに座り、英語でしゃべっている。私はヒューストンの町並みを目で追いながら、これから訪れるTRW MISSIONという工場やオフィスはどういうところか、英語でどのような質問をしようかと考えていたが、これといって頭に浮かんでこなかった。実際に会ってみてからにしようと思った。

  TRW MISSION(TRW MISSION Manufacturing Company)のオフィスは日本でいう工業団地的なところにあった。一区画が日本の大きさは比べものにならない大きさで、オフィスの裏手には倉庫と簡単な組み立てができる工場が接しており、倉庫と工場はトラックが着けるように地上げされていた。それぞれ部署ごとに、仕事場の領域も明確に区別されているようであった。
  私達はまず、受付を通り、オフィスをカウンターごしに横切って応接室に通された。世界地図がかかってあり、10人ほどの会議ができる部屋であった。しばらくたってから、4人が入ってこられた。正式な訪問者としてはじめて会う人達であった。どんなことを話せばよいのか全く判らなかったが、福井氏が以前このヒューストンのTRW MISSIONを訪問されておられるので、その心配はなくなった。
  TRW MISSIONでのスケジュールは、まずオフィス横にある工場と倉庫、隣接する子会社(AMRI社)のオフィスと倉庫を午前中に見学させてもらい、午後同じグループの石材を砕く機械を作っている工場をみせてもらうことになった。

TRW MISSIONの応接室にて(灰皿はありません)・・・左から福井氏、一瀬氏、橋本氏