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ヒューストンでの慶早戦

  午後6時、ロビーで橋本氏、一瀬氏、私の3人は住金のツチヤ氏に会った。福井氏は別行動で、ヒューストンのユーザーに会われるということで、夜の3人のメンバーは若干変わった。ツチヤ氏の運転する車でホテルを出た。
  すっかり日が暮れて、街道の左右のネオンサインが目につく。ガソリンスタンド、スーパーマーケット、レストラン・・・。車はスムースに夜のヒューストンの街を進んでいく。スピードメーターはマイル表示で、常に70〜80を指している。ということは、110〜130キロメートルで走っていることになる。そんなにスピードが出ているとは思えないのが不思議である。道幅が広く、街並みも大きくゆったりとしているからだろうか。それとも、ヒューストンのガソリンは他の地域のそれよりも中身が濃い?のだろうか。
  車は右折れして、ゆうべ見かけた看板の前で止まった。ここには、日本レストランが2、3軒あるが、ツチヤ氏が入って行かれた店は、偶然にも昨夜、キム氏と訪れた日本レストランであった。どんなレストランかなという期待は裏切られたが、むしろ落ち着いた心境になり安心した。
  案内された席は、和室で座机の下は掘炬燵のように、腰かけられるようになっていた。すでに2人の方が私達が来るのを待っておられ、ツチヤ氏に紹介され名刺を交換した。部屋の奥から住商のオダ氏、住金のアンドウ氏、そしてツチヤ氏。私達3人は奥から一瀬氏、橋本氏、そして私とお互いに向い合うように座った。
  私自身は、実に気分がほぐれていた。まず日本語が十分通じ合えること。旅行に慣れてきたこと。昨夜と同じレストランであること。

そして、なによりも大きな理由は向かいに座られたツチヤ氏が、宿敵早稲田出身で、同学年であったことだろう。橋本氏、一瀬氏もホッとされていたようで、仕事の話、ヒューストンでのことなど話題がつきなかった。ビールで乾杯し、それぞれの料理が運ばれて、水割り2、3杯目になると、オダ氏と一瀬氏、アンドウ氏と橋本氏、ツチヤ氏と私と、まるで集団見合いのように話に夢中になっていた。
  私達は、学生のころの無茶苦茶な思い出に浸っていた。慶早戦で思いきり声を嗄らしたことや、一日中一睡もしないで麻雀をしたこと、学生なのに競馬や競輪に凝ったことなど、ツチヤ氏と私の2人は興に入っていた。今年、アトランタで開かれたASAが、来年はラスベガスで開かれる旨を話すと、ぜひ来年も来てくださいとのこと。ラスベガスの案内役で便乗するといわれる。ツチヤ氏は、男の本能であるギャンブルがとても好きな方と身受けられ、実に楽しい方である。ここテキサス州は、公営ギャンブルが禁止されており、競馬をするには隣のルイジアナ州まで行かないとだめだそうである。

TRW MISSONからの礼状とツチヤ氏からのはがき